十和田・奥入瀬ツーリング~雪中行軍遭難者銅像~
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十和田・奥入瀬ツーリングで県道40号を走り、雪中行軍遭難者銅像を見てきました。そのノンフィクション・実話を描いた本が、直木賞作家、新田次郎の八甲田山死の彷徨です。新田次郎を読むのは、2冊目です。この本もまた親父の書斎の本棚にあった物です。本は、昭和46年9月20日が一番最初の発刊ですが、この本は、36刷昭和51年6月5日のものでした。
ツーリング時には、本を読んでいなかったので、銅像近くにある説明をよんで、そういう事件があったんだとしか特に感じませんでしたが、本を読むと、絶句するはなしです。
ストーリーは、日露戦争を控え、雪の中の戦いに強いロシア軍とどう戦うのか?装備・知識ともに、相手と同等以上で無ければならない。第八師団に属している第四旅団の中の青森の歩兵第五連隊と弘前の歩兵第三十一連隊とを厳寒の八甲田山雪中行軍を行わせることになる。どちらが成功させることができるのか?
第三十一連隊は、岩木山での雪中行軍を行い、雪に対しての知識・経験があったが、第五連隊は、今回が始めての雪中行軍だった。
第五連隊の神田大尉はライバルである、第三十一連隊の徳島大尉を訪れ、アドバイスを求める。普通ならば、ライバルに情報を流すようなことはしないのだが、徳島大尉は神田大尉に対して、惜しげもなく雪に対する防備・雪中行軍の編成、村人の案内役を付けた方が良い事などを教える。
第三十一連隊は、少数精鋭、装備は岩木山での経験を踏まえた全員が統一されたもの、規律もしっかりしたもので、凍傷がどんなに恐ろしいもので、一人でも凍傷にかかると行軍が命取りになることを知っていた。一人の落伍者もださないという気持ちを持っていた。そして、弘前市から東へ十和田湖を経由して、最後に難関八甲田山超えという路だた。
それに対して、第5連隊は、中隊で大人数、装備は、ばらばらであり、厳寒期の雪山を甘く見ているものもいるほど。田代温泉で、一杯やろうという楽観的な輩もいるくらいだった。凍傷の恐ろしさも知らず、防ぎ方も知らない者ばかりで、知っているのは、岩手出身者のような雪の怖さを知っている物だけだった。そして、経験も無く、初日が八甲田山超えだった。山田少佐の意見により、5連隊には、31連隊とは違う個性が必要だ、金目当ての村の案内には必要ないと言い放つ。
第5連隊の神田大尉は、士族でもない民間出の軍人で努力家であり、有能な人で指揮官のはずだったが、後ろから着いてくる山田少佐に行軍中指揮権を奪い取られてしまう。これが、最悪の結末へと導いていく。もし、神田大尉の意見・指揮権の元だったら、犠牲が出ようとも、八甲田山超えを成し遂げたのかもしれない・・・。
猛吹雪・零下21度、寒さで方位磁石は動かなくなり、案内人も居ない。空腹と疲労で、幻覚を見る者、錯乱する者が続出する。人がばたばたと倒れていく。錯乱して、雪の中を全裸になり、泳ぎが得意だからと川を泳いで助けを求めに行こうとするものまで出る。
凍傷を負った落伍者を助けるために、負担を背負った人間が連鎖的に、雪の中へ消えていく。
第五連隊は、210名参加のなか、遭難死亡者199名にもなった。果たして、神田大尉は生き残ることが出来たのか?
という話です。3日で読み終わりました。
本の中に、地図が書かれているので、どういう経路を辿ったのか理解できます。私は、ほんの地図とツーリングマップルを見比べながら読みました。ツーリングマップルにも、田茂野木や大峠が載っています。
雪中行軍が進んだ路をバイクで走って見たくもなりました。
とにかく、悲惨な話です。生き残った人間も凍傷で悲惨な状態です。第三十一連隊を案内した7人の村人も悲惨です。「他言するな、話したら一生暗い中で送ることになる」と脅され、凍傷により農作業が出来なくなったというのだから。
読み終わって、どちらが勝者なのか考えさせられました。
それにしても、私は第五連隊の神田大尉が不幸でならないと感じました。
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14日の午前3時半に 出発し、東北自動車道で青森県を目指しました。
ちなみに、小坂に13時35分到着しました。
14日15日と、おいらせYHに連泊しました。14日は、東京出身のCB1300ライダーと今回はロードレーサーで走りに来ていた東京出身の若い方。あと、山形出身のボルティーで来ていた関西の女の子。もう一人、徒歩と電車で来ていた新潟市の方。夕飯がとても楽しかったです。
家からおいらせユースホステルまで788キロでした。
2日目は、207キロ
3日目は、YHから下道で寄り道して帰ったために渋滞に巻き込まれました。盛岡から高速に乗り家に着いたの16日の0:10分でした。780キロでした。16日月曜日から仕事でした。
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酸ヶ湯温泉を目指して、出発したが正直ルートは迷っていた。北上して103号で、先に酸ヶ湯に入るか、八甲田を一周して、酸ヶ湯に行くか・・・。酸ヶ湯温泉自体が、何時からやっているのかが分らなかったの思案していた。そんなことを考えていたせいか、103号から、394号と勘違いして、八甲田ビューCCの方に迷い込んだ。国道に出れたのは良いが102号に出てしまった。思わぬロスを強いられて、酸ヶ湯が込みそうだったので、直行することにした。
103号が、また初めての私には衝撃的だった。ここまで森林の中を、ブナ林の中を通れる道があるだろうか?短い距離ならばあるが、こんな道は誠に初めてだった。空気がとにかく美味しいのだ。また、時間帯が9時台と早いせいか車もまばらだった。この道も、かなりの傾斜角の道で、カーブの上りが辛かった。
蔦温泉があるが、ここは十和田ゴールドラインの一番最初の温泉で、且つ雰囲気が良いという事もあるのか、温泉の広大な駐車場には、朝早くから車が満車状態のように見え、自分の中の温泉という概念が崩れるような規模の所だった。私が今まで入ってきた本物の湯・秘湯と呼ばれた温泉は、趣きある歴史を感じさせる小さな宿だったり、そんな広大な駐車場など持ち合わせておらず、車もまた少なかった。
これだけ人が入っていると果たして落ち着いて入ることが出来るのだろうか・・・そのような思いで、蔦温泉を左手に見ながら、ゴールドラインの森の中を駆け上がって行く。
このゴールドラインは、まさに温泉好きには、たまらないところだろう。入ってみたいと思った温泉が数多くあったが、私は、このツーリングで酸ヶ湯はぜひ入りたかった温泉だったが、他にもう一つ入りたい温泉があった。そこは、十和田からは外れにある、古遠別温泉だった。ここへ入りに行くには、十和田ゴールドラインの道を一通り楽しんで、さらに温泉もいくつも入るとなると時間が許してくれなさそうだった。
酸ヶ湯は、北上していくと道路右手にあった。温泉というよりも、大きな温泉旅館だ。駐車場には、蔦温泉と同じく既に多くの車で埋まっていた。玄関口でビニール袋をもらい、それに靴を入れる。混浴とそうではない湯があったが迷わず混浴を選んだ。
温泉内は、歴史を感じさせる木造の風呂で、天井が天高い。天井から空気が抜ける仕組みになっているようだ。私は最初、手前の風呂に入ったが、最初は、多くの人が入っていたので気づかなかったが、一応風呂の真ん中が男女の分かれ目のようだった。驚いたのが、シャワーが一つもついていなくて、石鹸で体を洗うことが禁止という、温泉成分を逃すなという湯治湯の決まりが徹底されていた。
じょうずな温泉の付き合い方10ヶ条というのが脱衣所に掲げられていました。
1温泉が体に合うと解ったら三廻り10日間が望ましい。もっとも顕著に効果が表れます。
2顔からの発汗促進のため、入浴前に茶・さ湯・水などをコップ一杯程飲んでおくこと。汗をかくことで体内の水分と温泉成分とが入れ替わってしまうため・・・といわれている。ですから入浴前に顔を洗うのは損になります。
3湯治中には顔にも、体にも石鹸を使わない。せっかく体に沁みつつある温泉成分を洗い流すことになってしまいます。帰宅後も欲効を保つために一両日は入浴を避けること。
4湯治中は化粧はしない。2と同じ理由です
5入浴中は浴槽から出て一休みなどはしない。続湯が苦痛になったら、腰湯・立湯・足湯、あるいは手湯ととにかく体の一部をお湯に入れる。
6入浴は食後1時間~2時間後に。適度な感覚をおいて入浴回数を決める。過度の入浴は薬の飲みすぎと同じです。
7入浴後は、素早く部屋に帰り一時間程布団で休むこと。その間に温泉の体を治す霊力が大活躍する。温泉療養者が宿では万年床にしたままなのもこのためである。
以上興味深く読みましたが、なるほどなぁと思えるものもあれば、にわかに信じがたい7のような文言もありした。どう思いましたか?
お湯は、酸ヶ湯温泉のサイト通り、白いお湯でした。あの一度は見たかった4分6分も見ることが出来ました。絶世の美女は見ることができませんでした(笑)話に聞いていたように、時間帯もあると思いますが、ほとんど全て外からの観光客なのではないでしょうか?このような男が沢山入っている中に堂々と入ってくる女性はいないのではと思います。
私は、酸ヶ湯はあまり好きになれません。男のいやらしい目線が、私にはなんともあさましく写りました。そして、俗化しているように思えてなりませんでした。風呂は広々としていますが、居心地良くは感じませんでした。
青森で一番有名な温泉でしょうが、青森には他にも風情ある趣きある温泉が沢山あるはずなので、探してみたいなぁと思いました。
風呂から出て外に出ようとする玄関口では、旗を持った団体の旅行客が風呂に入りに上がってきました。ツアーの中に組み込まれるくらいの温泉は珍しいのではないでしょうか?
外に出て、ソフトクリームを食べましたが、カップ一杯にクリームが入っていて量が本当に多くて得した気分になりました。
ツーリングで、一日必ず一つの温泉・ソフトクリームを食べることを自分の中では決めているので小さな幸せですね。
外へ出ると、外人さんのハーレーが4台ほど止まっていました。
ここで、外人さんには話しかけられませんでしたが、ナビを付けていたせいもあって、日本人にナビのことで突然話しかけられました。ナビは、たしかに山道深くを走ってると現在位置が違ってくることもあるなぁと後で思いましたが、その時は勢いもあって使えますよと半信半疑ながら答えてしまいました。突然ナビって使える?と聞かれて、不意を突かれた感もありました。結局この人も、ハーレー乗りの方でダイナに乗ってると言ってました。近くにバイクが見当たらなかったので、車で来ていたのかもしれませんし、他に止めていたのかも知れません。
話しかけられたりするのも、改めてハーレーの魅力かなと思いましたね。
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前日、夕飯をご一緒したCB1300乗りの少しムネオ議員に似た顔の陽気なおじさんと奥入瀬渓流の早朝散策しようと約束していたので携帯の目覚まし時計を4時半にセットしていたが、4時にドアの外で物音が聞こえてきて、4時半前には出て行く音がした。確か、待ち合わせの時間は、4時半から5時という少し曖昧な約束だったはず。早いなぁと思いつつ、起き上がらなければと意識を覚醒させようと努力した。とにかく前日3時間睡眠で午前3時半出発で、今日も4時半起きは辛かった。お酒を飲んだ2日酔いの様な目の痛みと頭痛がしていた。それを我慢しながら、トイレと顔を洗い支度を整え、ユースの外に出たのが5時前だった。
おじさんに朝の挨拶をして、もう一人関西の学生の子も誘っていたが、5時10分まで待ったが来なかったので出発する事にした。日が昇り、辺りは明るくなり始めていた。
渓流の散策路までのYHからの距離は、バイクでかなりあることは確認済みでした。だから、私は当然近くまでバイクで走り、散策路から歩くものと思っていましたが、おじさんは、「朝食まで時間があるのでバイクじゃなくて歩いていこう」と言ったので歩くことになりました。
バイクも良いが、歩くのは苦にはならない。朝の散歩は気持ちの良いことだ。しかも、ここは奥入瀬。緑に囲まれた、朝の車も走っていない川のせせらぎだけが聞こえてくる空間。歩かないのがもったいなかった。とにかく森の香を五感で感じれる場所だった。
そういうわけで、歩き始めたが、途中途中、森の道を歩いたがすぐに終わってしまうところが多かった。本当の散策路はまだまだ先立った。しかし、この道は、渓流を楽しむというよりも、ブナの森林を楽しむという意味で、本当によい道だった。途中に、岩の苔や、木屑の森の絨毯があったり、堆積された葉が含んだ水分を多く含んだ土の上の感触を感じながら歩きました。
本当の散策路までたどり着きましたが、朝食の時間7時半までに帰らなければならないので、奥入瀬渓流らしい、絶好のポイントを一つ見つけたら引き返そうということになりました。散策路から、10分ほどで、写真を撮っている二人がいるところで、私たちも写真を撮りました。私もここでようやく大きな三脚を持ちながら来ましたが報われました。三脚を立て、シャッタースピードを落とした渓流の写真を撮る事ができました。
森の中でも写真を何枚か撮りましたが、オートで何も考えずに撮っていたら、ぶれている物ばかりで失敗したなぁと思っています。
帰りは、国道のアスファルトの道を一直線だったので割りと歩くのは楽でしたが、長くも感じました。坂はありますし、途中で、お互い「YHまでまだまだ先だね、こんなに歩いた?ここにバイクがあったらなぁ、何でもいい原付でもあったらなぁ」などと話しました。
正直YHで泊り客がそこそこ居た日には、朝の散策会みたいな企画があってもいいものだと思いましたね。散策帰りに車で迎えに来てくれるサービスが有料でもあればと思いました。
結局、朝食は7時からでしたが、YHの上り坂を歩き帰ってきたのは、7時半を過ぎていました。朝歩き始めましたが、シャワーを浴びたくなるくらい汗をかきました。
食堂では昨日のメンバーのロードレーサーと徒歩の人が朝食を取っていました。
昨日のボルティーの女の子は、挨拶をして、8時前には手を振って出発していきました。
私たちは、朝食後は外で出発の準備をして、写真を撮ったりして、会話をしたりして9時過ぎにお互いの安全を祈って出発しました。
おじさんライダーは、どこにも寄らず直行で東京まで帰るとの事でした。土曜日だったので渋滞が懸念されました。この方も、ナビとETCを付けてました。ナビはゴリラを使ってました。
ロードレーサの兄さんも、今度はバイクを復活させてこようかなと言ってました。ここ十和田・奥入瀬に到着するのは、チャリだと辛いところだと分りました。私自身元チャリだーなのでここは、きついなぁという傾斜角8%・9%・12%といったような所ばかりでしたから。
私は、今日奥入瀬のYH連泊するか非常に悩んでいましたが、どうなるか分らなかったこともあり、結局荷物を全てバイクに積み、とりあえず、酸ヶ湯(すかゆ)温泉を目指して出発しました。
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